特別課題研究「戦後教育学の遺産の記録」

戦後教育学の遺産の記録-担い手への聞き書き調査を中心に

担当理事 木村 元

Ⅰ.本研究の課題と体制

戦後の日本の学問研究において、近年、自らの戦後の歩みを顧みる議論の動きがある。昨年の岩波書店の『思想』の特集「戦後日本の歴史学の流れー史学史の語り直しのためにー」(2010年8月号)もその一環として捉えられよう。一方で、戦後の枠組みで育ったいわば第二世代(第一世代は戦前に学問形成を行い戦後の場を作り上げた世代として捉えている)が高齢を迎えている。

教育学研究においても、こんにち、戦後教育学研究の総括がいわれ、さまざまな議論がなされている。そうした議論を深める基礎資料としてそれを担った教育学者の当事者の「遺産の記録」とでもいうべき資料の蓄積が必要と考えた。かかる点を踏まえて、本研究は、戦後の教育学研究の場が成立し、そこで学問形成をしたいわゆる第二世代が蓄積した学問の社会史的なドキュメントの収集にあたろうとするものである。戦後教育学を構築し担われてきた先達からの聞き書きを中心に戦後の教育学研究の成立と展開を証言で捉えることで、「生きられた教育学」の検証を図るための基本資料の作成を行いたい。

以上の課題認識のもと、各大学で戦後教育学の構築や展開に携わられた研究者からの聞き書き調査を実施する。その際に、教育学形成の場に着目する。日本の教育学研究はアメリカの占領政策に強く主導されて出発したことは、旧帝大を出自とする新制大学におかれた教育学部が「ポツダム学部」と呼ばれたことによく表されている。学問としての蓄積と内実において劣位にたたされながら、制度的にはエスタブリッシュされたという事情は、必然的に内容の充実を伴った自立への志向をより強く意識させたと思われる。のみならず個別の大学での戦前の蓄積も影響を与えたであろう。こうした固有な状況を背景にもつ教育学が置かれた独自の学問状況を含めた証言を得ることで、戦後教育学がどのように成立・展開したのか、聞き書き調査を中心にその検証の資料の収集にあたる。

具体的な研究体制については木村と小玉重夫理事、今井康雄前理事(出発時理事)がプロジェクトメンバーとなり、コアのプランを立てる。聞き取り対象者についての関心並びに情報を有する関係者、ならびに対象者の勤務した個別大学研究室の中から協力者を得てその都度チームをつくり、聞き書きの調査を中心に関連資料の収集にあたる。

 

Ⅱ.今年度の途中経過

(1):研究を進めるにあたり、若手の研究者の協力者をえて研究組織の構築と、研究を進めていくための基本的な確認、ならびに聞き書き対象者ノミネートリストの作成など基礎的な作業を行った。

(2):(1)を踏まえて大田堯氏の聞き書きを行った。

(1)について:プロジェクトメンバーである木村、小玉、今井とで全体の方向性や対象者についての議論を進めた。大学の場や学問の場に留意しながらキーパーソンの情報を収集しながら計画を立てていくこととした。戦後の新しい学問としての教育社会学や生活指導等にポイントをおくなど、対象を大学史研究者(寺崎昌男立教大学相談役)から対象の絞り込みのための基礎情報を得た。それを踏まえながら絞り込みのリストを作成し、対象者などを検討中である。

(2)について:(1)と並行して、第一回目の調査として大田堯氏について研究協力者の大学院生などと学習会を経た後、大田堯氏の研究を振り返るための基礎文献の一つとして『地域のなかで教育を問う』(新評論)に深く関わった安藤聡氏(埼玉大学)から専門的知識の供与をいただき、基本的な枠組みを建てた。上述の寺崎氏より、大田堯調査についての資料も含む基礎情報を得た。大田氏調査には小国喜弘氏(東京大学)が協力者として参加し、2月19日に大田氏の自宅にて聞き書き調査をおこなった。東京(帝)大学教育学研究室の戦前ならびに戦後の大田氏の教育学の展開という二つの柱を立てて全般的な証言を得た。今回の調査を踏まえて論点を絞った調査を引き続き実施する予定。

 

Ⅲ.今後の方針

各大学や個別学会・民間教育研究団体などの協力をえながら、聞き書きを進めていきたい。目下、大学の場としては、東京大学に加えて、広島大学、北海道大学、京都大学などを想定している。学問領域では、生活指導、教育社会学等について検討している。広島大学と生活指導については目下、下交渉を進行中である。また東京大学関係では大田堯氏の継続調査が予定されている。それぞれに関係者の協力のもとにチームを編成して対応していく。

これ以外の調査の拡大もはかる予定であるが、対象者の体調なども考慮に入れた柔軟な対応が必要と考えている。