連続オンライン座談会(第4回)の開催について(報告)

日本教育学会連続オンライン座談会

第4回「世界から見たポスト/ウィズ・コロナの教育展望」開催報告

 日本教育学会は、2020年6-7月に、連続オンライン座談会「パンデミックと教育:学習支援のために何をすべきか」を開催しました。現在、新型コロナウイルスのパンデミックは、日本のみならず世界の子どもたちやその教育に計り知れない影響を与えています。 このような困難と不確実性を抱えた状況下での学習支援に必要なことは何かについて、日本教育学会のメンバーと国内外の招待講演者による議論が行われました。国内の課題(学習の保障と平等性の確保、緊急時の学校におけるICTを活用した遠隔教育など)に焦点を当てた3回の座談会を経て、7月31日(金)には、最終回として、世界の第一線で活躍する教育研究者からのメッセージで構成された国際ウェビナーが開催されました。

 企画・調整を担当した米澤彰純・東北大学教授(高等教育)からは、以下の3つの質問が登壇者に対して示されました。

  1. あなたの国・地域・世界におけるCOVID-19の流行が教育システムへ及ぼしている影響をどのように考えますか?
  2. あなたの考えでは、あなたの国・地域・世界において、COVID-19流行後の教育及び教育研究に関して、どのような議論がなされていますか?
  3. 日本の教育研究コミュニティに向けて、教育・教育研究を展望するメッセージや提案をお願いいたします。

 ドイツ・ハンブルク大学教授であり、世界教育学会(WERA)の前会長でもあるイングリッド・ゴゴリン(Ingrid Gogolin)氏は、COVID-19 のパンデミックは、異なるシステムの中の個々の学生間だけでなく、世界の教育システムと教育研究の間にも不平等を増大させ、最大の悪影響を及ぼすことを懸念していると述べました。また、国際的な比較研究や共同研究の重要性、公共の知識や便益を生み出すことの重要性を指摘しました。さらに、教育と教育研究におけるこれらの世界的に重要な課題に注意を喚起するために声を上げるという、世界の教育研究者の団体としてのWERAの役割を強調しました。また、パンデミックが教育に及ぼす影響について、国際的な教育研究コミュニティとともにグローバルな視点から縦断的な研究を開始するために、日本の教育研究コミュニティが積極的な役割を果たしうるとも指摘されました。

 英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教育研究所(UCL Institute of Education)の教育・国際開発担当講師であるウィル・ブレーム(Will Brehm)氏は、学習格差の課題について言及しましたが、彼の問題提起は、封建制の終焉以来、継承された富の特権が多かれ少なかれ再強化されてきたメリトクラシーに対する私たちの集団的な信念への問い直しを提起するものでした。彼はまた、COVID-19は、多くの家族にとって、学校教育が、親が今日働くことができるように国家が支援するデイケアの一形態にすぎないという事実が明らかになり、これが、将来の市民、社会のメンバー、または労働者を育成するという、学校教育の目的と通常考えられているものとは全く異なることを指摘しました。その上で、教育におけるレジリエンスの概念の再構築と、地震などの災害リスク軽減に長年のノウハウを持つ日本の教育研究コミュニティのリーダーシップの可能性を示唆しました。最後に、日本が収益目的を超えて高等教育の国際化を追求し続けることへの期待を述べました。

 米国アリゾナ大学高等教育研究センター教授で南アフリカのケープタウン大学客員研究員でもあるジェニー・リー(Jenny J. Lee)氏は、日本と同様に米国の国際的な高等教育の被害が最も深刻であることを説明した後、COVID-19 よりもずっと前からの趨勢として、彼女がブレント・ホワイト氏と最近提唱した「ポスト・モビリティーの世界」の議論を紹介しました。国際教育は、以前のように大規模な移動を必要としなくなりました。環境の持続可能性への懸念、ナショナリストや保護主義者の台頭、通信技術の急増などは何年も前から起こっていましたが、COVID-19はこの変化を加速させました。彼女は、国際教育の将来展望として、国境を越えてプログラムを国際的に提供するトランスナショナル教育(TNE)の台頭を強調しました。その上で、日本や東アジア地域の教育研究が、教育におけるテクノロジーをいかに活用するかという点で世界をリードしていく役割があることを示唆しました。最後に、最新のテクノロジーと合わせて、日本が、その文化的価値や母国語を維持しながら教育と社会を国際化する方法を世界に示せる立場にあり、また、欧米以外の教育プロセスへの関心が世界的に高まっていることに応えることができると指摘しました。

  台湾の国立曁南大学卓越教授(比較教育学)である楊武勲(Yang Wu-Hsun)氏は、世界で最も成功した事例として認識されているCOVID-19に対する台湾社会とその教育の影響と対応について考察しました。楊氏は、台湾の教育と社会全体における非常に体系的で効果的な政策措置が、どちらかといえばトップダウンの中央集権的な政策アプローチに基づいていることを明らかにしました。同時に、学習のためのICTの積極的かつ高度な活用、移住者や留学生とのインクルーシブなコミュニティづくりなど、幅広いグッド・プラクティスが紹介されました。最後に、留学生への迅速な支援を含め、グローバルな共通課題に取り組む上で、途上国を含め、国境や分野を超えた連携の重要性が強調されました。

 韓国・烏山大学教授(教育行政学)の孔秉鎬(Kong Byung-ho)氏は、同じく成功事例として認識されている韓国のCOVID-19パンデミックの影響とその対応について考察しました。孔氏は、日本との共通の経験(例:入学時期の延期、授業日数の確保、大学入試日程の変更、授業料の返還要求など)の中で、オンライン教育の普及とその積極的な活用が教育の本質的な価値に関わる問題にどのような意味を持つのかを論じました。韓国の経験に基づいて、教育環境の変化がEdu Tech(教育とテクノロジーの融合)による教育の新しいパラダイムへの転換を加速させ、より普遍的な教育機会の平等を実現する可能性があると論じました。COVID-19パンデミック対策としてオンライン教育を実施した経験は、今後の教育に対して貴重で明確な方向性を与えてくれたとし、教育・学習・成長の本質を改めて認識することが、教育学に根本的な課題を与えてくれると結論づけました。

 中国・北京大学准教授(高等教育研究)の鮑威(Bao Wei)氏は、彼女たちの研究チームの調査結果等の豊富なエビデンスをもとに、中国の高等教育の経験を考察しました。中国、東アジア、そして世界の多くの国で見られる遠隔教育の急速な普及の成功の背後にある問題について、研究者は冷静に見ていく必要があると主張しました。COVID-19流行下における高等教育の課題として、鮑氏は、学習環境の悪化、対人インターアクションの障碍、授業外活動の消失、遠隔授業に対応する柔軟な教育管理制度の構築・調整の大幅な遅れ、そして学習格差の拡大を指摘しました。彼女の議論からは、中国の教育研究コミュニティが、タイムリーなテーマでエビデンスに基づいた体系的な研究を行う能力の高さが示されました。最後に、世界の教育研究者が地域や国単位で差別的な偏見にとらわれるのではなく、共通の課題に取り組むために協力していく必要が強調されました。

 上智大学教授(比較国際教育学)の丸山英樹氏は、指定討論者として、登壇者たちのメッセージのポイントを次のようにまとめ、議論すべき課題を示しました。登壇者全員が明らかになった課題として、学校の役割とそれへの期待、教育の質、教育システムについて言及している。教育に対する家庭の資源の格差など、COVID-19発生以前にすでに存在していた問題が顕在化し、共有されるようになった。子どもたちが家にとどまることで「普通」の生活ができなくなり、親や地域社会が自分の仕事に集中する上で、学校は子どもたちの安全のために重要な役割を果たしていたことが明らかになった。また、質の高い教育を提供し続けることは、世界中で課題となっており、子どもたちやその家族、そして学校の先生たちは、このような状況からストレスやプレッシャーを受けることになる。このような緊急事態では、中央管理のシステムが必ずしもうまくいくとは限らないとはいえ、より効率的に状況をコントロールすることができるとの発表があった。教育研究の役割については、遠隔授業と対面授業の組み合わせが有効とされるが、これに関わる研究がほとんど行われていない。教師は、自分のスキルアップと授業の運営とを両立させようと努力しているが、研究者はどのようにして効果的な学習と授業が行われるのかに注目すべきである。そのためには、情報発信と実践経験の共有の両面から、テクノロジーを活用することが解決策の一つになるはずである。では、移動することが制限されている中でどのようにしてこれらの目標を達成していくのだろうか。コンピテンシーはこれまでと変わらないのか。日本の教育研究の将来展望については、比較研究に加えて、より国際的な研究協力の重要性が指摘できる。日本は、教育学の新しい方法やアプローチを開発することで、より良い教育システムを構築し、学習者により多くのメリットをもたらすために、対話という形で他国との経験を共有することができる。また、より良い教育システムを構築するためには、新しい仕組みも古い仕組みや技術も、それぞれの仕組みや目的が明確にされる必要がある。同時に、お互いに学び合う中で、すべての教育文脈に万能薬があるわけではないので、より慎重に研究のステップを踏む必要がある。

 司会を務めた京都大学教授(教育哲学)の齋藤直子氏は、以下の4つの点を議論のまとめとして指摘しました。

  1. 今回の討議は、国際的に「比較をする」ということがどういうことかを、原点に立ち戻って考えさせられた機会であった。Gogolin氏のスピーチでは、国際的な比較(comparative)および共同(collaborative)研究の必要性、それが生み出す共有知や共通のもの(善)の創造の重要性が指摘された。また、丸山氏のコメントでも「公共財の創造」ということが言われた。今日の危機は、人と人が対話を通じて共通の基盤を見出す営為のきっかけを生み出したと言える。このことは、パンデミックの危機によって促される新たな比較研究の役割や可能性をも示唆するものでもある。危機に共に向き合い、(とりわけデジタルなスペースの中で)共有財を形成していくには、“比較”の営みが、一方向的な比較から双方向的な対話へと変わりゆくことが求められるであろう。
  2. Lee氏のスピーチでは、物理的な旅行が困難になったこのパンデミック危機の時代にあって、国境を超える(crossing borders)、トランスナショナル教育が、未来の国際教育の鍵となるという話がなされた。このことは、国境を超えて人と関わるメンタリティの育成やコスモポリタン市民の育成をいかに行っていくかという課題を含意すると言えよう。米澤氏が述べたように、言語の問題、「語学に関わる教育」はここできわめて重要となる。高度な語学力の育成、そして、人が人と関わることによって自らを翻すことができる変容力を伴う翻訳力が必要となる。
  3. パンデミック危機と共に生きるために、教育研究は、今こそ多様な知を結集し共有の知を生み出していくために、学際性を求められる時代である。
  4. 登壇者の発表では、社会的格差を含め遠隔教育の諸問題がハイライトされていたが、その可能性ということも考えてみたい。丸山氏のコメントでは、何のためのテクノロジーかという、テクノロジーの目的を問うことの重要性が指摘されたが、まさにその通りだと思う。技術によって使われるのではなく、(人間の幸福と共存のために、共有知と共通善の構築のために)技術を主体的に、そして意味ある形で使いこなす人間の育成が切に求められる。そのためには、技術の哲学や技術の教育の哲学が必要とされるのではないか。

 

 斉藤氏とともに司会を務めた東京大学准教授(教育学)の北村友人氏からは、ウィズ/ポストCOVID-19の世界における教育の役割について、今後も議論を続けていくことの重要性が強調されました。深刻な状況を克服するために、教育研究者がどのように貢献できるのか、また、地理的・分野間の境界を超えた連携を促進するために、さらなる議論を続けていくことが重要であり。そのためには、様々な教育現場における新しい教授・学習のあり方を模索していかなければならないと述べました。最後に、本ウェビナーに参加された参加者の皆様に感謝の意が表されました。

 

※本国際会合は、JSPS科研費 19H01621の助成を受けた研究成果です。