課題研究

課題研究は、本年度に向けて2年間の継続で計画されてきました。質疑など詳細は、当ウェブサイトでお知らせします。

課題研究Ⅰ

 Integration of Immigrants and the Role of Public Education:
  Envisioning Inclusive Policies and Practices in the With/Post Covid-19 Era
 移民の社会統合における公教育の役割
  -ウィズ/ポストコロナ時代における包摂的な政策と実践を展望する-

シンポジスト Min Zhou (カリフォルニア大学ロサンゼルス校)
児玉 奈々 (滋賀大学)
園山 大祐 (大阪大学)
指定討論者 丸山 英樹 (上智大学)
司会者 額賀 美紗子(東京大学)
高橋 史子 (東京大学)

 グローバル化を背景として加速化する移民・難民の増大は、国民国家内部の人種的・民族的多様性を増幅させ、国民の文化的同質性を前提としたこれまでの公教育のありかたに変容を迫っている。移民・難民の子どもたちにとって公教育へのアクセスは、受け入れ社会において必要とされる言語、知識、スキルを獲得し、上昇移動を遂げる機会であり、その権利が保障されることが望ましい。しかし、現実をみるとOECDの調査報告書からも明らかなように、大半の先進諸国において、移民第一世代・第二世代の子どもたちはネイティブの子どもたちよりも学業成績が悪く、学校への帰属感も低い。この背景には、先進諸国を席捲する新自由主義教育改革、制度的人種差別、排外主義の高まりがあるとされ、移民・難民の子どもたちのエンパワーメントを妨げる制度・実践上のさまざまな障壁が社会に存在することが指摘されている。さらに世界中を襲った新型コロナウィルスは公教育の自明性を揺るがし、移民の子どもたちの教育機会とウェルビーイングを一層脅かしている。公教育が民主主義を理念とした平等化と統合の装置としてではなく、同化と排除の<装置として機能してしまうことを、われわれはどのように捉え、阻止することが可能であろうか。

 本課題研究では移民・難民を受け入れてきたアメリカ・カナダ・フランスの事例に精通している研究者を招き、移民の子どもたちの教育および移民の社会統合を進めていく上で公教育が果たす役割について、各国の現状と課題について報告していただく。欧米の移民先進国の事例は、今後移民の増加が予測される日本社会の公教育を考える上でも重要な示唆に富むだろう。コロナ禍によって深まる格差と人種・民族間の断絶を食い止め、すべての子どもにとって公正な教育機会を保障するためには、公教育の役割や機能をどのように再定義したらいいのか。ウィズ/ポストコロナ時代において差別と格差に抗い、多様性を包摂する公教育の可能性を国際比較の視点から考えてみたい。なお、本課題研究は英語と日本語のハイブリッド形式で行い、同時通訳をつける。

課題研究Ⅱ

 コミュニティ形成における協同と教育の再検討

シンポジスト 上野 景三 (西九州大学)
堀田 聰子 (慶應義塾大学)
大高 研道 (明治大学)
指定討論者 山本 健慈 (国立大学協会参与/学校法人明浄学院顧問)
司会者 堀本 麻由子(東洋大学)
岡 幸江 (九州大学)

 「コミュニティ」は永続的な問いのサイクルの中にある概念であり、規範的な要素が入り込む。歴史や社会の文脈との関係で省察と構築を反復することが、この概念の特質のうちに内蔵されている。昨年度の課題研究Ⅱは、報告者3名(本年度も登壇を依頼)による要旨と研究会を実施し、地域コミュニティの実像に即して、教育の根本的な価値や新たな可能性について検討した。

 各報告者の問題関心は、一つには人口減少社会やグローバル化による地域コミュニティの軽視と市民社会の基盤であるコミュニティにおいて日常生活の隅々まで市場の個人主義化が進み、コミュニティ内外の分断が生起する中でのコミュニティ像の検討、二つにはイヴァン・イリイチの「人どうしにとどまらず、人と環境との自立的で創造的な交わりとしてのコンヴィヴィアリティ(自立共生)」を手がかりとした、ケアの思想と共感に基づく協働による「地域共生社会」の構想、三つには、地域コミュニティにおける協同とは、特定の時空のつながりやコミュニケーションを意味するものではなく、互いの違いや対立を乗り越えて共通の課題に取り組んだ経験が集合的記憶として実践に根づき、地域へ広げていく営みにこそその本質があるとする地域づくり学習の視点からの検討であった。

 本年度は、上述の3名の問題関心を展開させ、コミュニティにおいて協同することの可能性と課題、コミュニティ形成による繋がりの生成と、コミュニティ内/外の区別の生起および協同における矛盾や対立の生起について検討する。そして教育を駆動力として「コミュニティ」の理論と実践の架橋を試みる。

課題研究Ⅲ

 技術革新とエンハンスメントの時代における教育学の課題
  ―「個別最適化された学び」は公教育に何をもたらすか―

シンポジスト 原 良憲(京都大学)
大屋 雄裕(慶應義塾大学)
鈴木 晶子(京都大学)
指定討論者 松浦 良充(慶應義塾大学)
司会者 木村 元 (一橋大学)
斎藤 里美(東洋大学)

 人工知能(AI)をはじめとする技術革新の進展により、人間と社会の未来像を描くことはこれまで以上に難しくなっている。また世界では、新しい技術を人間の能力増強(エンハンスメント)に用いることで、人間そのもののあり方が変容するとの見方も生まれてきている。一方日本においても、文部科学省(2019)「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策」が掲げられ、種々の計測技術やAIを活用して「公正に個別最適化された学び」を推進しようとする政策が立案されている。こうしたあらたな技術によって「個別最適化された学び」が実現した場合、それは、人間の発達にとって、またそれを支える公教育にとってどのような意味をもっているのだろうか。教育学は、こうした問いに答えると同時に、今後教育学が果たすべき役割について再考すべき時期に来ている。

 そこでこの課題研究では、三つの問いを立て議論を試みる。第1に、こうした技術革新とその応用は、人間のあり方と教育(人づくり)にどのような変革を迫っているのか、である(たとえば、脳と外部コンピュータを接続して人間の能力増強をはかるBMI:ブレーン・マシーン・インターフェイスと呼ばれる技術は人間の「発達」という概念に影響をもたらす可能性がある)。第2は、こうした技術が浸透した時代において社会と人間との関係、とりわけ自律や信頼、責任といった概念にどのような変化が生じるのかということである。そして第3は、これら2つの変化によって公教育にどのような課題が生じるのか、また教育学のあらたな役割は何か、である。